tête-à-tête 106

この世界のどこかにある、とある広大な海。

その上に広がる空は、鈍い鉛色をしている。白と銀の雲が重なり合うところからは、薄い金色をした陽の光が差し、真っ直ぐ突き刺さるかのようにして海面に注がれている。

海中の深い深いところ、水の渦巻きに体を引き留められながら、リディアは浮いている。そして数メートル先にはシリルがいて、リディアのほうに手を差し伸べている。リディアはシリルに近づきたくて、腕で水を掻く。彼の名前を呼ぼうと口を開けると、幾つもの小さな気泡が水中に漏れていった。

リディアは赤茶色の長い巻き髪を振り乱し、シリルのもとにたどり着く。互いに手を握り合い、安全を確認したそのとき、海面から誰かが沈み落ちてくるのを見た。

ふたりはその人を助けようとして、上方へと泳いでいく。落ちてきた人はひょっとすると眠っているのか、海流に抗うこともなく、ゆっくり、下へ下へと流れ落ちてくる。どうやら男性のようだった。やがてシリルとリディアはその人のいる地点まで泳ぎきると、彼の腕を掴み、顔を見た。マーティンだった。

マーティンは目をとじたまま、深い深い眠りのなかにいるようだった。ぷかぷかと浮かぶその体を、シリルとリディアは両側から支えた。シリルが何度か軽く頬をつねると、マーティンはおもむろに目を開け、ぼんやりとした意識のなか周囲を見回した。

マーティンの意識がはっきりしてくると、3人は手に手を携え、海中のより一層深いところへと泳いでいく。リディアはシリルとマーティンの真ん中で泳ぎながら、ふたりに言いかけた。

『ここにも本屋さんってあるかしら。私たち、辞書がひつよ……』

 

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リディアはハッと目を覚ました。部屋の壁時計を見ると、朝の4時25分頃だった。自宅であることはわかっていたけれど、自分の部屋なのかシリルの部屋なのか、はっきりしない。不安になって寝返りを打つと、隣にはシリルが眠っていた。上半身を起こして周囲を確認したところ、そこはシリルの寝室だった。

リディアは静かにベッドから出て、階段を降りて玄関へと向かった。ドアの近くは案の定寒く、パジャマ姿に素足では全身が冷え切ってしまいそうだった。リディアは玄関脇の小さな戸棚を開け、そこに収められていた小箱をじっと見つめる。【万が一】のため、シリルが銃の保管場所を変えたのを、リディアは知っていた。リディアしばらくのあいだ、箱を見つめて立ち尽くしていた。やがて戸棚を閉めると、ゆっくりと階段を昇ってシリルの部屋に戻り、再びベッドに入ってシリルの傍らに横になった。