tête-à-tête 107

『いつも俺がそばにいるのがうっとうしかったら、そう言ってくれよ?』

ホワイト・ヘイヴン市内のエスター通り、ストラストヴィーチェ書店の真向かいにある食堂。シリルとリディアはいちばん奥のテーブル席で、通りのほうを向いて隣り合って座っている。午前9時過ぎ。開店直後でふたり以外に客はいない。

『うっとうしいだなんて、そんなこと。あなたが心配してくれているのは、わかってる』

厚手のコートを着たまま、リディアはシリルの肩に寄りかかって答えた。

『大丈夫?寒いか?』

シリルはリディアの手を握る。

『何かあったかい飲み物、注文しないとね』

リディアは笑顔でそう言うと、ウェイターを呼んだ。

『今日は私が奢る。あなたはいつもどおり、コーヒーでいいよね?』

『ああ。ありがとう』

『それじゃ、コーヒーひとつとミルクティーひとつ、お願いします』

『かしこまりました』

ウェイターは角砂糖の入った銀の器をテーブルに置くと、空の盆を小脇に抱えてさっそうと厨房へ戻っていく。シリルはウェイターが去るとリディアに口づけ、もう一度彼女の手を握った。

『俺がこっちに来るまでの5年間、お前はひとりで何とかやってこれたわけだな。それとも、他に男がいた?』

『いるわけないじゃない、』

リディアは歯を見せて笑った。

『とってもとってもひとりぼっちな5年間だったよ』

『それでそのあいだ、……あいつに出くわしたことは?』

シリルはリディアを守るようにして、彼女の肩を引き寄せる。するとウェイターがコーヒーと紅茶を盆に乗せてやって来た。シリルは礼を言って、チップを渡す。ウェイターはチップを受け取ると、深々とお辞儀をして再び厨房へと戻っていった。リディアはカップのなかで白い渦を巻くミルクティーに角砂糖をひとつ落とすと、静かに首を横に振って言った。

『単に運が良かっただけなんだろうけど、一度も。振り返ってみると、私、いったいどうやって生活してたのかなと思う』

『よく玄関ドアを開けてくれたなと、今でも思うぜ。ほら、俺が初めてお前に会いに来たときのことだよ。覚えてる?』

リディアは移住直後のシリルがポプラ通りの自分の家にやって来てくれた日の様子を、今でもありありと思い出せた。とりわけ、自分がドアを開けたときの、不安と疲労に満ちたシリルの青い瞳は忘れることができなかった。

『うん、もちろん。なぜだかわからないけど、あのときはスッとドアを開けることができたの。たぶんわかってたんだと思うな、あなたが来るって』

リディアは紅茶の入ったカップをしばらくのあいだぼんやりと見つめる。シリルは熱いコーヒーをひとくちすすると、シャツの胸ポケットから煙草とマッチを取り出した。

『俺の家、今も空いたままじゃん?』

『うん』

シリルは煙草を一服すると、灰皿に灰を落としながら言った。

『あそこにさ。たまにマーティンの奴を呼んで、話をするってのもいいかなと思って。もちろん、お前にもいてもらってさ』

『うん』

『必要があれば、あいつの親父さんにも来てもらってさ。どうせ俺の家だから、口喧嘩になって荒れてもらっても、何の差し障りもないし』

『ごめんね、私たいして役に立てそうもなくて』

『お前が謝ることじゃない。いずれにしても、俺と違ってあいつは、……その、銃なんてものを持つべき奴じゃないから』

あたりには誰もいないにもかかわらず、シリルは自然と小声になっていた。シリルはためらいがちに言葉を続けた。

『俺は、銃を放棄できるかどうか、いまだに自信がない。この前お前が言ったように、この国じゃもう誰も死ぬことはないし、消えることもない。……殺しても無意味だってことはわかってる。ただただ、お前を守るための方策を複数用意しておきたいってだけなんだよ。それをわかってもらえたらと思う』

リディアは黙ったままだった。

『とりあえず。あと1時間したら、店へ行って、あいつに会おう。きっとあいつ、この前走りすぎたせいで、今も筋肉痛だぜ。面白そうだから、ふたりで冷やかしてやろう』