tête-à-tête 109

ホワイト・ヘイヴン市内のシリルの空き家。

その家は幸い、リディアの自宅からは東に歩いて10分程度の地区にあって、しかもマーティンの自宅方面へとつながる通りに建っていた。シリルとリディアはマーティンに会ったあと一度自宅に戻り、鍵を取ってきてから、ここにやって来た。シリルは1階の台所兼食堂へ行き、窓際のカーテンを開け放って笑った。

『この国のありがたいところは、シーツもカーテンも一律無料支給してもらえるって点かね』

リディアはシリルの横に立って、窓ガラス越しに裏庭を眺めている。

『私の家とまるっきりおんなじ作り。平等なのはいいけど、みーんなおんなじ間取りの家に住んでるっていうのは、なんだかすごく奇妙』

『確かに気持ち悪いわな。まあ、とりあえず座るか』

『うん』

ふたりは自宅で過ごしているときと全く同じ感覚で、食堂の丸テーブルに着く。リディアは両腕をテーブルの上に伸ばして、てのひらで木目を撫でる。そしてシリルに微笑みかけて言った。

『ね、ここでマーティンさん相手に、カウンセリングごっこするの?それなら早速今日、あなたはお医者さんになって、私の話を聞いてくださらない?』

シリルはリディアの右手を握って言った。

『いいけど、1時間48ダレルな』

『やだ、倍額じゃない』

『お前らは食費つり上げに貢献してるから、貰えるところは貰わんと』

シリルは椅子の背もたれに寄りかかり、腕組みをして笑った。リディアはシリルに微笑み返すと、背筋を伸ばして言った。

『ね。こんなこと言ったら笑われるかもしれないけど。私はあなたのこと、尊敬してる。子どもの頃から今まで、どうやってひとりで乗り越えてきたのか、どうやって一日一日過ごしてきたのか、聞かせてもらえない?』

シリルはやや返答に窮したのか、頭を搔いて少しばかりとぼけたふりをした。

『笑わないよ。そんなふうに思ってもらえて、嬉しい。ただ、思い出せないんだよ。お前に出会った日のことだけは、ちゃんと覚えているけど』

『あら、嬉しいこと言ってくれるのね、病院の先生にしては、』

リディアはふざけてみせる。そして少し間を置くと、シリルに気を遣いながら話を続けた。

『……振り返ってみると私自身はね、やっぱりその、ずるくて汚い子なのね』

『またそんなことを言う』

シリルはリディアの手を取って強く握り締めた。

『ううん、ある部分では、本当にそうなの。その……、あまりのショックでマヒしてたのかもしれないけど、でも、私はあの人から逃げようとしなかった。お金さえ渡してもらえて、授業料も洋服代も出してもらえるのなら、私ひとり、黙って我慢してればいいんだって、思ってた。それにほとんどの人は、……母親も私のこと、全然気にかけてくれなかった』

『俺は違うよ』

リディアは大きくうなずいた。

『うん。それはわかってる。ずっとわかってた。あなただけはね。だから私、あなたに会ってからは、あの、昔みたいなああいう……』

『わかってる。もう、【皆まで言うな】ってやつだ』

シリルは身を乗り出すと、静かにリディアの額に口づける。リディアは自分でも知らぬうちに涙目になっていた。

『ごめんね。あの。私ってやっぱりいつも、全身丸ごと、どこも、心も汚れてるって思ってて。だから、こんなんであなたに好かれる値打ちあるのかなって、いつも思ってる、』

シリルは何も言わずに、ただただリディアを真正面から見つめていた。

『でもね、』

リディアは涙を拭いて言った。

『それでも私、あなたを見てると、ああ、この人だって思う。私、背中とか、傷だらけで汚いし、いろんなこと、ほんとに良くないこと繰り返してきたけど、それでも私はあなたが好きで、あなたには私のこと、知ってほしいと思う。それと、形にはこだわらないけど、』

リディアは席を立つと、シリルの手を取り、確認するように言った。

『……私、あなたの奥さんになれるかな?これで、いい?私なんかで、いい?ダメ、かしら?』