tête-à-tête 122

ホワイト・ヘイヴン市内、レニー・クレセントという通りにあるシリルの家。午前10時25分。1階の台所兼食堂で、マーティンと彼の父親フランがテーブルを挟んで座っている。ふたりのそばにはシリルとリディアもいて、シリルは腕組みをして台所のカウンターに寄りかかり、リディアは窓際に木椅子を用意してそこに腰掛けている。4分の1ほど開けられたカーテンの隙間からは、初春の朝の鈍い陽光が差し込んでいる。リディアはマーティンとフランの様子を気にしながら、外の裏庭に茂る草花と空とを時折ちらちらと眺めた。

『まさかお前とこんなふうに茶を飲めるとはね、』

フランはマーティンと目を合わすことなく、静かにカップの紅茶をすする。マーティンは自分の紅茶にレモン汁を絞り入れて言った。

『今日はお忙しいなかわざわざ来ていただいて、光栄です。まあ、あなたご自身はこういう場を設けようだなどとは、これまで一度たりともお考えにはならなかっただろうと思いますが』

マーティンも目を伏せたまま、辛辣な言葉を淡々と連ねていった。シリルはマーティンの後ろで、腕を組んだまま黙って天井を見つめている。フランはシリルとリディアのほうを見て、マーティンにたずねた。

『こちらのおふたりは、お前のお友達かね』

マーティンは冷ややかに笑ってみせた。

『お友達ですか、って。僕に男のいとこがいたってこと、やはりあなたはご存じないようで。あるいは【大人の事情】で隠していたか』

フランは物珍しげにシリルのほうを見たが、数秒後には『ああ』と小さく声を上げてうなずいた。

『ジョンの息子かい、君は』

『お父さんも勘が鋭いようで、』

シリルは皮肉っぽくにんまり微笑んで会釈した。

『僕の父とは生前、仲良くしていただいたとは思いますが。精神科病棟でもたびたび面会なさったかと』

『精神科?』

フランは半分とぼけた様子で聞き返した。

『……ああ、理由はわからんが、どうやら彼は気が【ふれた】ようだからね』

『言葉を慎んだほうがよろしいかと思いますよ、』

マーティンは即座に父親に噛みついた。

『むしろあなたはそれをご存じのうえで、僕には隠し事をし、シリルの存在も隠していたんだろうと察しますが?』

『だってお前だって困るだろう、身内にキチガイがいたら、世間的にも……』

『おいちょっとそれ……』

『そのおっしゃり方、おかしいと思いますよ。私の夫に謝ってください』

シリルが反論しかかった瞬間、リディアがきっぱりとした口調で前に出てきた。フランは3人の顔を順繰りに見ると、胸の位置まで両手を挙げて言い訳を連ね始めた。

『いったいこれはどういうことだい。君たち全員で寄ってたかって私を懲らしめようって魂胆かね?だって、どう考えても世間さまに顔向けできないじゃないか、身内に精神異常の犯罪者がいるだなんて』

『あなたはいつだって世間さまが世間さまがですよね、』

マーティンはレモンをもう半個、紅茶に絞り入れながら言った。

『その考え方をいったいどこで養われたのか僕にはわかりかねますが、……少なくともひとり息子である僕や家庭そのものには全く興味をお持ちにならなかったことだけは、もう確かなようですね』

『私は自分の父親、……お前のお祖父さんに従って生きてきただけだ、』

フランはむきになって抗弁を始めた。

『私は父親の言いつけを遵守しただけだ。世の時勢に巻き込まれず、関わらず、中途半端な熱意でもって改革を試みることもせず、すべてを看過してただただ自分の幸せのためだけに要領良く生きられれば、ひとりの平凡な人間としては、別にそれでいいじゃないか。ところでお前は、これまでずっと独身だったか』

それを聞いてマーティンの右の眉毛がつり上がる。マーティンは軽く吐き捨てるように返答した。

『ほらね?自分の息子の奥さんのことすら知らないのだから、この無関心さ、もうそれはそれは重症ですよ』

リディアはマーティンが嫌みったらしい口の利き方をするのを初めて見、内心少しどぎまぎした。不安になってシリルの顔を見ると、シリルはただただ黙ってうなずくばかりだった。

フランは好奇心半分、皮肉半分でマーティンに言葉を返した。

『そりゃあそうだろう。大学に進学してからというもの、ずっと実家を避けて【好き勝手】に生きてきた息子のことを、気にかける義務があるかい?ただむしろ、おめでとうとは言ってあげよう、どんな人だか知らないが、お前のような子どもをうまく引っかけた女がいたということだけは、不幸中のさいわ……あっ!』

その瞬間、マーティンは自分の紅茶を父親の顔めがけて勢いよくぶちまけた。フランは紅茶に入っていたレモン汁のせいで、両目に激痛を覚えて身悶えした。シリルとリディアは目を丸くしてマーティンのほうを見ている。父親の頭からテーブルにポタポタと紅茶が滴り落ちるのを見つめながら、マーティンはツンと顔を上げて言った。

『僕についてあれこれ言うのは構わないけど、これだけは許さない。僕の最愛の人、僕を支え、助けてくれた人を蔑むような物言いをする奴、そんな連中は全員地獄へ行くべきだ。当然、あなたもそのひとり。僕は最高に怒っても、できる暴力と言えばこの程度だ。だからあなたは僕に感謝して、今すぐ出て行ってくださいーこの場所から、僕の人生から!』

そう言い放つとマーティンは紅茶のカップをテーブルに放り投げ、真っ直ぐ廊下に向かって歩き出し、力強く玄関のドアを押し開けた。