tête-à-tête 125

『あんたは狂ってる。狂ってるよ、』

シリルは爆発寸前の怒りと吐き気を必死にこらえながら、リディアの父、ポールに言った。

『何が情熱的な時間だ。この子の、自分の娘の心身ボロボロにして、何が愛する娘だよ。ふざけんのもいい加減にしろよ!』

『なあ。戻ってこないか、』

ポールはシリルを無視してリディアに語りかけた。シリルが声を荒げたため、周りには5~6人の人だかりができた。

『郊外の森に、別荘を購入したんだ。もちろん、お前のためにね。使用人は平日しか入れない。だから週末はふたりきりで過ごせるよ』

『何回言わせれば気が……』

『お断りします、』

シリルの後ろからリディアが姿を現し、きっぱりとした口調で拒んだ。リディアはシリルの左腕をしっかりと掴むと、ぴたりと身を寄せて言葉を続けた。

『私にはこのとおり、夫がいるんです』

『さっきも言ったじゃないか、』

ポールは食い下がる。

『お前を最高に幸せにできるのはこの私であって、そんな若僧とは違う。私と一生いれば豪勢な食事だって、お前の好きな香水や宝石だっていくらでも手に入る。オペラの舞台へもいつでも連れて行ってやる。私に服従しさえすれば、もうそれだけでお前の欲しいものはすべて、すべて魔法のようにいとも簡単に手に入るんだよ』

リディアは怒りに燃える目でポールを見つめ、頑なに首を横に振った。するとポールは突然リディアの手首を掴んだ。リディアは激しく抵抗し、シリルもポールの胸を両手で突き飛ばした。

『お願いだ、』

ポールは執拗にリディアに懇願した。

『ずっと私のそばにいてくれ。ふたりで幸せになろう。金にも食い物にも困らない生活が待っているんだ。お前は私のすべてなんだよ』

『冗談じゃない!!』

リディアはポールの手を払いのけて声の限りに叫んだ。ポールはショックを受けてリディアを凝視した。

『あんたのお金なんて、あんたの家なんて、もういらない。私はこの人の妻で、私の体と心はこの人とつながってて、私には一生、この人の人生のなかに居場所がある。あんたなんて、』

リディアは息継ぎしながら、真っ赤になった顔で父親に唾を吐いた。

『あんたなんてとっとと死ねばいい。私の人生から、この世界全体から、消えて出ていけばいい。あんたみたいな獣なんて、もういなくていいんだ!!』

硬直してその場に立ち尽くすポールをよそに、リディアは踵を返して市場の出入口へと歩き出した。シリルは急いでリディアのあとを追いかけようとする。するとふたりが背を向けたその瞬間、人だかりのなかから悲鳴が上がり、1発の銃声音が通りに響き渡った。

シリルは発砲音にひるみながらも、瞬時に頭を下げ、覆いかぶさるようにしてリディアの身を守り、舗道に突っ伏した。

『警察!誰か警察、それから救急隊を呼んで!』

見物人の男性がヒステリックな叫び声を上げた。シリルは自分が撃たれたと思い、頭から肩、腰へと手を沿わせ、脚全体も目で確認をした。どこも撃たれていない。石畳にも血は流れていない。上半身を起こしてリディアを見るも、額に擦り傷を負っているだけで、無事だった。

ふたりは互いに支え合いながら立ち上がり、見物人が混乱してわめき声を上げているほうへと目を向けた。するとそこには、頭から血を流し舗道に倒れているポールの姿があった。ポールは既に息絶えているようだった。見物人のひとりはパニックを起こすと、石畳に落ちていた金色の小銃を蹴飛ばしてその場を逃げ去っていった。

『死んだ、』

リディアは狂ったように笑い出した。シリルはリディアがマーカスに入れ替わったのを瞬時に見て取った。

『なあシリル、見たか?』

マーカスはポールの遺体を指差した。

『死んだ、死んだよ。あいつが死んだ、死んだんだ』

マーカスは狂喜にかられながら笑い続けていたが、やがてしゃくり声を上げて泣き出した。シリルはとっさにマーカスをきつく抱き締め、あやし始めた。

『死んだ、死んだ』

『そうだな、うん、わかるよ、俺も見たよ』

マーカスは少しずつ声の高さを上げていった。そしてシリルの体にしがみついて泣いた。

『死んだ、見てあの人、死んだのよ、』

シリルはマーカスの頭を撫で、涙を流しながら口づけた。

『そうだな、もう、大丈夫だからな』

『終わった、』

マーカスは舗道に膝をついて倒れ込んだ。

『終わった。終わった。私、もう、大丈夫なのね?そうなのよね?自由になって、いいのよね?』