tête-à-tête 126

『いててててっ、しみるしみる、しみるってばよ!』

マーカスとシリルの自宅。マーカスの部屋でシリルはマーカスの額の傷の手当てをしている。マーカスはベッドの端っこに腰掛けたまま、目をしばたたかせて不平不満をこぼす。

『ちょっとさあお前、こういうときにこそ、愛のある接吻をしてくれたっていいじゃないのよ』

シリルは消毒液の瓶の蓋を閉め、ベッドの上に放り投げた。

『アホかお前は。ヨダレで消毒するわけにはいかんだろ。それより、他に痛むところはないか?』

『あるよ。心が痛む』

『それは最大の前提条件として最初っからわかってますって。手首ひねって痛え、とか、ケツにアザができた、とか、そっち方面のことよ』

マーカスはいつものギョロ目でしばらくのあいだ考えてから答えた。 

『ない。お前の体重で圧死するかと思ったけど、幸運にも自信満々に帰還した』

『ならばよろしい』

シリルは大きく伸びをすると、じゅうたんの上に大の字になって寝転がる。マーカスは足先でシリルの腕をちょちょんと突いて言った。

『なあシリル、』

『何』

シリルは気だるげに答える。マーカスは少し恥ずかしそうに言葉を続けた。

『ありがとな』

『ありがとなって、何に』

『なんて言うかその。30年近く、こんなくだらない俺らの問題につき合わせちゃって、感謝と言うべきか、……いや違うな、本当はその、申し訳なかった』

シリルは指折り数えて返答する。

『正確には28年な。謝ることじゃない。俺が自分の意志で関わり始めたことだし、お前らの問題は俺の問題だから』

『ホントにそう思う?』

マーカスは不安げに聞いた。

『つまりその、お前の気持ちを疑ってるわけじゃなくって、結果的に俺らがお前をそういう気持ちに追い込んじまったんじゃないかと思うと、ちょっとあの』

シリルはむくっと起き上がると、マーカスの腕を引いて隣に座らせ、再び仰向けで転がる。マーカスもぎこちなげに仰向けになった。

『そうだとしても、俺はこの28年幸せだったぜ、』

シリルは天井のしみを見つめながら言った。

『あいつに出会ったことで、お前みたいな小猿にも遭遇して、それからハンナにマークだなんていう手に負えないガキどもにも関わることができて、波瀾万丈、エンターテイメントな人生だったわ』

『俺のこと小猿って思ってたのか』

『痩せっぽちで大食漢の小猿な。これでもお前のこと愛してるんだぜ、俺は。だからエンゲル係数が上昇しても小言は言わんかった』

シリルは笑顔で左手を伸ばし、マーカスの右手を握った。そして再び天井のしみを見、そこから壁時計に視線を移すと、あくびをしながら言った。

『さあ。もう少ししたらマーティンのところへ行こう。祝勝会なのかもしれないし、そうじゃないのかもしれないけど、まあ皆で飲もうや。リディアとお前、どっちが行く?』

『さあな。そのとき次第だわ』

マーカスは寝返りを打ち、シリルの肩に額をコツンと当てて抱きついた。

『まあな、』

シリルはマーカスの頭を撫でた。

『ただし、せっかくのリディアのドレス姿で突然お前に登場されたら、もはやコメディだからな。そこはうまいこと自己調節してくれたまえよ、キミたち』

『アイアイ、サー!』