tête-à-tête 127

『やっぱり何度見ても綺麗だ、表彰ものだな』

『ありがとう。あなただって、すっごく素敵よ、』

その日の夕方。シリルとリディアはマーティンの自宅玄関前に立っている。シリルはワインレッド色をしたくるぶし丈の長いドレスに身を包むリディアを見て、感嘆の声を上げた。リディアは久し振りに着けたイヤリングが少しだけむず痒くて、耳たぶに触れながらシリルに言った。

『あなたってミリタリーコートのイメージしかなかったけど、不思議ね、ジャケット着ると……ちょっとだけ、誰かさんに似てる。髪の毛も黒いし』 

『お褒めの言葉、ありがとう。喜んでいいのか萎えるべきなのか、わからんけど』

シリルは背筋を伸ばし、黒いベルベットの上着の前を合わせた。その首元には白いシャツに合わせたスカーフが巻かれている。リディアはスカーフのドレープを整えると、背伸びをしてシリルの頬に口づけた。シリルはリディアの肩を抱いて、慣れた手つきで玄関ドアのベルを鳴らした。

1回鳴らして数秒待つも、応答がない。シリルはもう一度、長めに鳴らしてみた。静寂。やはり応答がない。それで3回ほど立て続けにベルを押してみたが、誰も出てこない。

ふたりは顔を見合わせた。

『あいつに限って約束を忘れるなんてことはないと思うんだけど、』

シリルは不思議そうに首を傾げ、試しにドアノブを回してみた。するとドアには鍵がかかっておらず、軽く押しただけでスッと開いた。

『マーティン?』

シリルは玄関を覗き込んでマーティンの名を呼んだ。返事はない。リディアも怪訝に思い、声をかけてみる。

『マーティンさん?リディアですけど。シリルと一緒に来ました』

全く反応がない。けれども台所のほうからアルコールのにおいがした。怪しんで廊下を抜けていくと、ワインボトル片手に台所の床でうずくまっているマーティンの姿がふたりの目に飛び込んできた。シリルは思わず駆け寄ると、ひざまずいてマーティンの両肩を掴み、大きな声で呼び掛けた。

『おい!おいマーティンどうしたよ?』

マーティンは膝を抱えてうなだれている。シリルはマーティンの肩を揺さぶった。リディアはその様子を見るなり、かつて自分が自殺を企てたときのことを思い出し、一瞬めまいでふらついた。シリルは床に転がっている数本の小さなワインボトルを見回し、繰り返しマーティンに呼び掛けた。

『飲んだのは酒だけか?』

マーティンは顔を上げようとはしないが、シリルの問いかけにごく小さくうなずいた。シリルは再度確認を求める。

『他には何も、口に入れてないな?薬とか』

マーティンは黙ってうなずいた。

『マーティンさん、どうしちゃったの?』

リディアは息苦しさに耐えながら、重たいスカートの裾を折ってマーティンの前にひざまずいた。マーティンは肩を小刻みに震わせながら顔を上げた。そしてドレス姿のリディアを見るなり、彼女の膝にしがみついてわっと泣き出した。

『レイチェル、』

戸惑うリディアの足もとでマーティンは叫び声を上げた。

『レイチ!』

シリルはリディアの隣でマーティンの背中をさすった。マーティンは顔を真っ赤にして泣きじゃくった。

『僕の奥さん。あの子だけは、僕を褒めてくれた。何をどんなに懸命に頑張っても、誰からも褒められなかった僕のことを、ただただ好きでいてくれて、褒めてくれた。レイチ、僕は君がいないと、どうしてもうまくやってけない。そんなに早くこっちには来てほしくないのに、いてくれないのは辛すぎる。わかってるのに。なんで君はそっちで、僕はこっちなんだ?』