『ふたりには笑われるかもしれないけどね、』
マーティンは涙を拭いて立ち上がり、食器棚の戸を開けた。その中には以前書籍の整理をしたときに納めた植物図鑑などが、そのまま綺麗に並べられていた。マーティンはそのうちの1冊を手に取って、悲しげに微笑んだ。
『僕には夢があるんだ。いつかレイチェルが来たときのために、裏庭をキレイにしておこうと思って。哲学しかやってこなかった人間だから、動植物のことはさっぱりだけど、球根を植えて草花育てたり、野鳥のために巣箱作ったりしてみようかなって。それで、何年待つかはわからないけど、レイチェルが来る日をここで待とうと思ってる』
『笑うわけないだろ、』
シリルは床に転がったワインボトルを1本、1本拾うと、台所のシンクに置いて言った。
『待ち続けるってだけでも大仕事じゃないか。俺だって、リディアに長いこと待ってもらって、この国に来たんだから』
『それは逆よあなた、』
リディアは微笑んだ。
『待たせたのは私。何しろあなたに後追い自殺させたのは、この私だもの』
『自殺だったの?』
マーティンは驚きを隠せなかった。シリルは少し決まり悪そうに笑ってうなずいた。
『ほら俺ら、いろいろあって。それで、ええっとその、まずはリディアが先に。な?』
リディアはシリルにうなずいて笑った。
『時差付きの心中みたいなもの、だったかしらね?それでもねマーティンさん、』
リディアはマーティンの手を取って言った。
『私、どんな理由や形であっても、こっちでこの人に再会できて、こうしてまた一緒になれて、とっても幸せなの。だからきっとレイチェルさんも、あなたがこうして待ってること、期待してるんじゃないかな。会えたらきっと、楽しくなるね』
『正直に打ち明けるとさ、』
シリルは台所のカウンターに寄りかかって言った。
『俺は当初お前のことを、きっとロクな奴じゃないだろうって思ってた。どうせお高く止まってるだけの、上流階級出身者並みのクソ野郎だろうって。お前が移住してくるずっとずーっと前から、そんなふうに想像してた。それで、晴れて対面した日には、こてんぱんにしてみせると思ってたよ。恨みつらみを植え付けて、お前にも俺の苦しみを味わわせてやるよ、お前も俺と同じところにまで成り下がれよって、本気でそう思ってた』
マーティンは再び驚きの表情を見せ、それから少し怯えた様子でまばたきをした。シリルは腕を組んでカウンターにもたれかかったまま、笑い飛ばした。
『でもそれも、お前を初めて見た日に萎えたわ。お前みたいなおっとりした、見るからに優しそうな奴にケンカふっかけても、振り上げた拳が空振るだけだって。それじゃ俺のほうが間抜けに見えるから。それで、男前な俺としては、復讐するのを断念したってこと。以上、回想及び説明、終わり!』