tête-à-tête 130

1901年3月下旬。ビレホウル王国の首都、スキャルケイル。レイチェルの父、ヨハンネスの邸宅。レイチェルは夫のピーターと別れてからというもの、ずっとこの邸宅にひとりで暮らしている。午後3時ちょっと過ぎ。レイチェルは久し振りにピーター、アイリスそしてマリオンを夕食に招く準備をしていた。

その日は朝からぽかぽか陽気だった。レイチェルは台所の窓から外の景色を眺めている。スキャルケイルは春といっても夕方の4時には日が陰り始める。にもかかわらず今日はこの時間になっても暖かな南風が吹きつけ、快活な小鳥のさえずりが庭から聞こえてくる。レイチェルは台所に埃が吹き込まないよう、用心して静かに窓を閉め、夕食を調理中の女性使用人ふたりに声をかけた。

『いつもありがとうね。あなたたちの作るホワイトシチュー、みんな大のお気に入りなの』

ふたりのうち、ひとりが笑顔で答えた。

『ちょうど新鮮な春野菜が手に入ったんですよ、奥さま。今年は例年よりも早く、アーティチョークが出回っていて。確か、マリオンさまの好物だったかと記憶しているのですが』

『マリオンさまだなんて大袈裟よ、マリー。あの子が聞いたら、最初は照れるだろうけど、すぐに調子に乗ってふんぞり返るわね。王子気取り』

するともうひとりの使用人、ペネロペーがたずねた。

『マリオンさまもアイリスさまも、お元気で?』

レイチェルはテーブルの上に置かれたラズベリーをひとつつまんで口に入れると、わざと困った口ぶりで答える。

『アイリスはね、婚約間近の相手がいるからいいの。問題は、息子。仕事はきちんとこなしているからいいんだけど、最近、あの子あの歳でひとり昆虫採集に夢中なの』

『昆虫採集ですか』

マリーは意外そうに言った。レイチェルはうなずいて、呆れた顔をしてみせる。

『それもね。黒づくめのおかしな格好で出かけていくの。黒の山高帽に、黒のコートに、黒のブーツ。その格好でお昼のサンドイッチを持参して、ひとりで森へ出かけていくの。いったい誰に似たのかしらって、私いっつも首を傾げてる』

『ちょっとおとぎ話の世界みたいですね』

ペネロペーも笑って言った。レイチェルはシチューの出来を見ようと、火にかけられている大鍋のなかを覗き込もうとする。が、そのとき突然、ふっとめまいに襲われ、よろけてシンクの端にしがみついた。

『レイチェルさま!』

マリーとペネロペーはすぐさまレイチェルの体を両脇から支える。幸い、ふたりのおかげで、レイチェルは鍋の火でヤケドをするのを免れた。レイチェルは上半身を起こすと、心配するふたりをよそに気丈に笑顔で答えた。

『大丈夫、大丈夫。ここのところ、お天気が不安定でしょ?私、見てのとおり、この歳だから。いろいろ、あるの』

『窓を開けましょうか?少し外の空気に当たられたほうが』

マリーは窓際へ急いだ。すると庭の向こうから数人の人の声が聞こえてきた。マリーにはそれがピーターたちだとすぐにわかった。

『奥さま、お三方がいらっしゃったようです。奥さまは応接間でしばらくごゆっくりなさっていてください。配膳は私どもが行いますから』