tête-à-tête 134

『ねえ親父さん、僕、おやつ買ってくるよ。コーヒーはいつものでいいよね?』

『おお。爺さんにも生姜飴を買ってきてくれ』

『母さんはリンゴ飴のほうが好きだったんじゃけどなあー』

『そうな、それで一度喉に詰まらせて死にかかったもんな。婆さん、あっちで元気にしてるかね?』

マーティンはストラストヴィーチェ・ジュニアとシニアの会話にくすくすと笑いながら、黒のコートを羽織り、同じように黒の山高帽を被って店のドアを開けた。

『それじゃ、行ってきます』

『おお、頼んだぞ』

春めいてはきたものの、外はまだまだ北風が身にしみる寒さだった。マーティンは静かに店のドアを閉めると、コートのボタンを留め、馴染みの菓子屋のある方角へと歩き出そうと通りのほうに振り向いた。

けれども振り向いた瞬間、マーティンは数メートル離れたところで自分のほうを見て立っている女性と目が合い、体が固まった。そしてわずか1、2秒後には肩を震わせ、まるで全身の力が一気に抜けたように舗道にひざまずいた。

マーティンがくずおれるのを偶然店のなかから目撃したジュニア親父は、マーティンが具合でも悪くなったのかと思い、急いで店から飛び出した。

『どうしたマーティン!』

ジュニア親父が店のドアを勢いよく開けると、そこには立て膝のまま顔を真っ直ぐに上げ、ポロポロと大粒の涙を流すマーティンの姿があった。ジュニアがマーティンの視線の先を見ると、そこにはクリーム色の長いコート姿のレイチェルが笑顔で立っていた。

『あっれー、あんた……!』

驚きを隠せないジュニアに向かって、レイチェルは笑顔で会釈をした。そして一歩一歩ゆっくりとマーティンのもとへと近づいていった。

『ちょっと、……早かったかしら?』

改めてマーティンの目の前に立つと、レイチェルは苦笑した。日の光が胸元の翡翠のペンダントに当たり、キラキラ小さく輝いた。レイチェルは泣きながら自分を見つめるマーティンに、そっと右手を差し出した。マーティンはその手を取って立ち上がると、思い切りレイチェルを抱き締めた。

『早くない。早くないよ、』

マーティンはレイチェルの肩越しに叫んだ。

『ほんとは死にたくなるほどの気分だったんだ。君がそばにいてくれないってことに。ほんの数年だったかもしれないけど、もうこれ以上は待てない気分だった』

ストラストヴィーチェ・ジュニアは微笑むと、ふたりを舗道に残し、黙ってドアを閉めて店のなかに戻っていく。レイチェルはマーティンの髪を撫で、満面の笑みでその唇に口づけた。そしてふざけた口調で提案をした。

『これからも私、あなたのおうちに押しかけて、お昼ご飯を作りに伺ってもよろしいかしら?それはそれはしつこく玄関の呼び鈴を鳴らして』

マーティンは涙目で何度も大きくうなずいた。レイチェルも笑ってうなずいた。

『じゃ、そうする。絶対に部屋に突撃してみせる。それであなたをウンザリさせるくらい、ずっとそばにいる。本気よ。ジョークでピンポンダッシュなんか、するもんか』

マーティンはピンポンダッシュをして逃げていくレイチェルを想像し、思わず吹き出した。

『手、出して。右でも、左でも』

レイチェルはネックレスのチェーンから翡翠の指輪を外し、マーティンに見せた。驚いたマーティンは右にするか左にするか慌てふためいたけれど、結局、右手を出した。

『とりあえず、薬指ね』

レイチェルは震えるマーティンの手を取ると、その薬指に指輪をはめた。そして笑ってその手を握った。

『これからどこへ行くつもりだったの?また喫茶店で砂糖いっぱいのコーヒーをガブ飲み、かしら。いずれにしても、もうひとりでは、どこにも行かせないわよ。だから私も連れてってね、妖魔さん』

マーティンは涙を拭って笑った。そしてレイチェルの腕を引っ張ると、突然、子どものように駆け出して、菓子屋のある方角へと彼女を引き連れていった。

 

 

 

おしまい(また、いつか)