「へー。電車ん中で会ったんだ、その修道司祭さんって人と」
「うん。人が静かにひとりで本読んでるときに声かけてきやがった。野の百合、空の鳥ですねって」
「なんでタイトル知ってたのその人。日本語できないんでしょ」
「その日は英訳版読んでたんよ。普段からブックカバーなんてつけないから、まんまと表紙見られた」
「そっか。で?」
「うっざいオッサンだなあーと思って無視した。しかもPMSでまじイライラしてたから席立ってドア付近に移動した」
「あからさまねー芽衣も」
「どうせ次の駅で降りる予定だったからね。新宿3丁目。そしたら降りる間際にまたこっちに来た」
「駅係員に突き出したくなるねそういうオッサン」
「そうそう。普通のオッサンの場合はね」
「でも普通じゃなかったと」
「ねー。不思議なご縁ってあるもんだよね。失礼しましたついカークガードが好きなのでって謝罪してきてさ、自己紹介してきた」
「発音訂正してやればよかったのに、キーゲゴォですけどって」
「いやー、教会の司祭って聞いたらなんか突然萎縮した」
「肩書きに弱いもんねあなた」
「別に代表取締役とか言われる程度なら気にも留めないけどさ。宗教家じゃん。で、私はどこそこの教会で司祭やってます、よろしかったらいつかお祈りに来てくださいって言われて、それでその日は別れた。と言うか、あたい逃げた」
「でもその後実際、その教会へ行ってみたんでしょ?」
「うん。それがきっかけで洗礼授かった」
「スピード洗礼だったよね。通い始めて半年後だっけ?まさかその司祭さんに袖の下でも」
「賄賂贈るにしても何贈っていいかわかんない相手だよ。笹蒲鉾でも渡すか?」
「外国人に笹蒲鉾…」
「正確にはスコットランド人ね」
「名前は?本名ってことだけど」
「大倉義太夫」
「んなわけない」
「失礼。ショーン・マクゴナグル」
「マクゴノゴロ?」
「マクゴナゴロゴッチ」
「とりあえずショーンさんね」
「Yeah」
「それでそれ以来、その神父さんの聖書研究会にも出てるわけだ。好きなのその人のこと?」
「うん。普通に好き」
「早速、クリスチャンとして道外れたね」
「柱の陰からストーカーしてますよ、おかげさまで。あ、ゴメン、そろそろ行かないと」
「体調、大丈夫?副作用は?」
「このニット帽見ればわかるっしょ」
「そだね。ごめん。駅まで一緒に行くよ。何なら夕方までつき合おうか?」