リカコとハントケのあいだに一瞬、沈黙が漂う。カツレツを噛みちぎるハーバートの咀嚼音だけが、しばらくのあいだ食堂に響き渡る。
「あのさリカコちゃん、」
「え?ああ、うん、何?」
リカコ、ぼんやりとした眼差しを振り払うかのように、何度も首を横に振る。ハントケ、ジュースの入ったグラスに神経質に右手を沿わせる。
「僕、リカコちゃんに嫌われてると思ってたんだ。役に立たないとも思ってた」
「嫌われてるだなんて!正反対よ、あた…あっ…ごめん、今さらこんなこと」
「ううん。【正反対】で良かった。今リカコちゃんの口から直接聞けて、嬉しい。でも、僕がリカコちゃんの力になれることはなかっただろうと思うんだ」
「そんな」
「それで逃げた。ずるい奴でしょう」
「ハントケくんはずるくない。そういう問題じゃない。あたしあの頃、死にかけてた。ハントケくん以外の人でも、どうにもしようがなかっただろうと思う。だけどねハントケくん、」
「うん?」
「ハントケくんに好きって言ってもらえて、あたし嬉しかった。ありがとう。でも、あの頃のあたしにはなんにもできなかった。ううん、なんにもできないのは今も同じ。だからどっちにしても、あたしじゃハントケくんのことを幸せにできなかった」
「リカコちゃんそんな…」
リカコ、果物ジュースをひと思いに飲み干す。ハーバート、その様子に目を丸くする。
「ハントケくん、」
「うん?」
「これからも奥さんと元気でお幸せにね、」
「あの…うん、ありがとう、でもあの僕…」
「これまでどこの庭園を手がけたのか、今度教えて?時間作って、あたし見に行くから。それであの、ほんとに、ほんとにおふたりともお幸せにね」