ちょっとしたパロディ

ロンドン市内のとある教会の正門を、ひとりの青年が息せき切ってくぐり抜ける。青年の数メートル先を少女がひとり、ビスコッティのような菓子を口にくわえて歩いている。

 

「デイジー!」

 

青年が声を張り上げる。少女は振り向き、両手の指で修道着の裾をつまみながら青年のほうへと歩いていく。

 

「あらルシアンさん、」

 

ルシアンという名の青年は、呼吸も荒いままに帽子を脱ぎ取り、桃のように赤らんだ頬をさする。少女は彼とは対照的に、落ち着き払った様子で言葉を続ける。

 

「よくここがおわかりに。お元気でした?」

 

「君にはまだ早い、」

 

ルシアンは首もとのスカーフを緩めながら苦しそうに言う。デイジーという名の少女は不思議そうな顔をしてカリカリとビスコッティをかじる。

 

「デイジー。君はまだ19歳だろう。その歳で尼僧になるなんて、」

 

デイジーは頭にかぶったスクフィアに手を伸ばす。その仕草を見てルシアンは更に言葉を連ねる。

 

「なあ。今だけでいい。その帽子を外して君の美しい黒髪を見せてくれないか、もう一度」

 

デイジーは固く首を横に振る。

 

「マギステル・シュナイツァー(シュナイツァー博士)。あなたまだヤンセン先生とやり合ってらっしゃるの?先生ももうお歳なのだし、手加減してあげたらどうかしら。それに、」

 

デイジービスコッティの最後のひとかけらを口に入れ、ゆっくりと噛み砕いて飲み込む。

 

「あなたも今年で29歳よね。修道誓願するにはギリギリの年齢よ。いい加減、今後の身の振り方をお決めにならないと。ああそうそう、ちょうどいい機会だわ、」

 

デイジーは肩に掛けた小さな布の袋から、1冊の本と万年筆を取り出す。

 

「目の前に作者ご本人がいらっしゃるんですもの、サインをいただかないと」

 

ルシアンは目の前に突き出された自分の著作物に、しぶしぶ万年筆でサインを入れる。

 

「嬉しいわ、ありがとうございます。私、あなたのこの作品を読んで出家することに決めたのよ、まさに【死か永遠か】、ってね」

 

デイジーは本と万年筆を静かに袋にしまう。ルシアンは遠慮がちに低い声でデイジーにたずねる。

 

「それであの、君はブラックネルとは結婚しなかったのかい」

 

デイジー、一瞬表情を曇らせるも、即座に笑顔でルシアンに向き直る。

 

「ジョージさんのこと?あの方は噂によれば同僚の女性教師とお熱い仲のようね、」

 

「そんなことが」

 

「そんなことって、あるのよ。男って身勝手で弱いものね。あなたは私との婚約を解消なさり、ジョージさんは『やっぱり年下の君よりも同年代の女がいい』とおっしゃって、私をお捨てになった」

 

「あのブラックネルが君にそん…」

 

「ええ、そんなことをなさったのよ。そしてルシアン、あなたもそんなこと以上のことを、私にしたの」

 

ルシアンはデイジーを前に凍りつく。デイジーは勝ち誇ったような笑みでルシアンに言う。

 

「私、あなたよりも一足先にこの世界に飛び込んだの。あなたが思っていたほどヤワな女の子じゃなかったのよ。まあ、あなたもいつか、こちらに来るかもしれないから、今後はその時を心待ちにすることにする。それじゃ、ごきげんよう!」

 

デイジー、立ち尽くすルシアンをひとりその場に残し、踵を返す。そして右手の中指を力強く突き上げて、教会の建物内へと戻っていく。